蝉しぐれ

「日本」を愛する、すべての人へ

 今、「時代劇」がブームと言われています。1990年頃から始まったこのブームは、出版、放送業界はもちろんのこと、映画界においても市川崑、山田洋次らの巨匠たちがこぞって「時代劇」の新作を次々と世に送り出し、日本のみならず、海外でも高い評価を得ています。それはなぜか――。「時代劇」は日本人が世界に向けて発信することができる日本独自の文化だからではないでしょうか。

 そんな「時代劇ブーム」の中で、ひときわ注目を集め、多くの作品がドラマや映画となって登場する作家に今、大きなスポットがあたっています。明治、大正、昭和の三代を通じて、並ぶもののいない文章の名手と称される作家・藤沢周平氏です。故人となって10年近い月日が経っても尚、益々評価が高まる藤沢氏の遺した珠玉の作品群。数ある「時代小説」の中で、なぜ藤沢作品に人は魅かれるのでしょうか。

 その答えは、藤沢氏の作品には、私たち日本人が知らず知らず忘れてしまったものを思い出させてくれる力があるからではないでしょうか。そこにあるのは地位や名誉など関係のない、平凡だけれども、慎ましく生きる人の姿と彼らが持つ美しい心。風土とともに生きる姿。読者は、作家としてぶれない一貫した作品姿勢に魅せられ、心癒されるのです。

 そんな数ある藤沢作品の中で、最高傑作として多くの人に読まれ、愛されているものがあります。長編小説「蝉しぐれ」です。この作品には人が理想に思う事柄がいくつも描かれ、それら全てが折り重なってひとつの物語として綴られています。物語の始まりは主人公・牧文四郎が15歳であった少年時代。文四郎は、寡黙ながらも実直に生きる父を大変尊敬していましたが、父は信念に従った結果、世間に誤解を受け切腹させられる運命を背負います。しかし、文四郎は父を決して恥じることなく、母を助け懸命に生きてゆきます。文四郎が人生の無常なる逆境に立ち向かい成長する過程には、「青春」があり、「友情」があり、「人との出会い」があり、「恋」があり、「父から子へと継承される人としての生き方」という普遍的なテーマが見事に織り込まれています。その展開力とダイナミックなテンポの良さは、時代劇の枠を超えた見事なエンターテインメント作品として評され、「蝉しぐれ」が傑作といわれる証左といわれています。

 今年は戦後60年という節目の年を迎えます。
 私たち日本人は、この60年間で、終戦からの復興、東京オリンピック、そして大阪万博を頂点とした高度経済成長から更にバブル崩壊という激動の時代を体験してきました。歴史的に鑑みても稀有な体験と言えるでしょう。大きな夢と希望を抱いて走り続けたその先に私たちが望んだ理想は無く、その事実に気付いた今、誰もが漠然とした不安と疲れの中で生きているのではないでしょうか。そんな私たちに、「蝉しぐれ」は人として生きるのに大切なものを、心穏やかに教えてくれます。だからこそ、この作品は発表後17年経っても人気が衰えず、120万部を超えるロングセールスを記録し続けているわけです。

 その人気小説を、映画監督、脚本家として活躍し、テレビドラマ「蝉しぐれ」の脚本も手がけ、「モンテカルロ国際テレビ祭」のグランプリを受賞した黒土三男が、15年の歳月をかけて映画化させました。藤沢氏から唯一映像化を許された黒土監督が、原作以外では表現不可能と言われた空気感、透明感を見事に映像化し、主人公である下級武士・牧文四郎が真っ直ぐに生きていく姿を通して、平凡に生きることの偉大さ、人としてのあるべき姿を、原作に忠実に、美しい日本の四季折々の風景を織り交ぜて表現しました。

 主人公・文四郎を演じるのは、歌舞伎俳優・市川染五郎。その存在感と透明感は観るものを惹きつけます。文四郎の想い人・おふくには木村佳乃。美しき理想の女性像を演じます。また文四郎の父役に名優・緒形 、母役に原田美枝子、さらに新人の石田卓也、佐津川愛美の二人が瑞々しく子役時代を演じています。

 映画「蝉しぐれ」は、今、人が、時代が求める「癒し」の答えを描くため、脚本、美術セット、撮影、音楽に一切の妥協を許さない製作体制を貫き通しました。人々の心に残る名作の誕生にどうぞご期待ください。